放談トップ  前へ 次へ Top

◆ 第17回 主なテーマ 1909年ラミレス一世について

   
 

2007年早春、「ま」がメディアカームに来店。そしてすぐに「か」と外に出た。実は「久しぶりにお昼をご一緒しましょう」という「か」の誘いにのって、やってきたという次第。神田須田町の[H]という串揚げ屋で期間限定のランチ(今はありません、悪しからず)をいただいた。ギターの話はあんまり、いやほとんど出ない。この日の話題は「か」の友人宅でのホームパーティー。某有名ホテルが出張してきたのにも拘らず、そのサービス内容と愛想のないことひどいものだというオハナシ。

それから、改めてメディア・カームへ。

「ま」さん、珍しい楽器があるんですよ。
これです(とケースを開ける)
ちょっといいですよ。
ん?、この頭は、ははあ、ホセ・ラミレス1世かな。

ええ、そうです。ま、ちょっと。

   
 

(手にとって)

   

あ、軽い。1キロあるかないか?

ちょっと切ります。
   
 

ラベルを見る

   

ほう・・・1909年、

もうすぐ100年経つんですね。
そう考えるとすごいですよね。

この(ボディの)薄いこと、うまく腕が収まらない。弦長は640くらい?

650あるんです。

へえ、650あるんだ。ネックは細いし小さく感じる。この、木のペグだと合わせづらいんだよね。(とかなんとかいってあまり乗り気ではない)
あ、大体合ってるか、

   
 

(ポロロンという程度に鳴らす)

   

お? これは・・・

・・・(にんまりという表情)
これ、こんな楽器初めて見ましたよ

立ち上がりがいいね、軽く出る。弾むような立ち上がり。

(親指でビンビンと弾いて)

フラメンコにあうような感じ。

でも伸びもいいし、クラシック弾けますよ。

そうだねえ、ううん・・・
ホセ・ラミレス1世、僕は見るのも初めてなんだ。実は見るまでもないと思い込んでいた。いやあ、うかつだったなあ。

枯れてて品のある音がしますよね。


そう、枯れた音。

   
 

といいながら、しばし、いくつかの曲のさわりを弾く。バッハのリュート組曲第1番、サラバンドの出だしの和音を気分よく弾いたところで「か」が奥から出てくる。

   
え、今なに? 今まで聴いたことのないような音がした。

これはラミレス1世という楽器で・・・

この間Xさんから預かってきたやつ?
そう、
パーティションの向こうで急にウワッと鳴ったからびっくりして、

そう、鳴るんだよねえ、響く。力入れなくても。

   
 

一旦楽器をスタンドに置き、つくづくと眺める。また手に取り裏返したり、斜めに見たり、中を覗き込んだり。
参考書を引っ張り出して調べる。「A COLLECTION OF FINE SPANISHGUITAR」「THE CLASSICAL GUITAR」「MASTERPIECES OF GUITAR MAKING」それぞれにラミレス1世は載っているが、どれも装飾の多いもので、多分高級品または特注品。

   
この目の粗い天井板みたいな表面板、ロゼットは同心円だけ、糸杉の横裏、18フレット、ローズウッドの指板。見れば見るほど、こりゃ普及品だな。
そうですね(笑)。
しかしこの音は、
うん、そうなんだ。こりゃ面白いね。こんな材料でもこういう音が出てしまうというのは。
どういうことなんでしょうね。

まじめに作って、時間が経つとこうなる? 何と言っても100年だから。

なんだか、我々の材料論を吹き飛ばすような。

そうそう・・・
でも、この時代は当然全部単板なんだよね。普及品といえども。

合板ってなかったんですかね。
あったかも知れないけど、却って高くついたりして。
あ、そうか・・・
だけどこういう、あんまり高級でもない材を使ってさ、いい楽器ができるって小気味いいね。
これはまさに、音がねえ、
なんて云うか、料理屋の賄い料理が旨いみたいにさ、捨てちゃうような素材で作った・・・
今、賄い料理がちょっとブームじゃないですか?名店の賄い料理みたいな、

寿司屋の骨のまわりとか、アラとかさ、

剥き身とか・・・
サヨリの皮とか・・・
   
 

ここで一休み。しばし、お茶を飲みながらどうでもいいような話のあとポツリと

「ま」さん、どうですか、これ。

うん、いい楽器だ。
いや、そういう話ではなくて、
え? あ、いや、無理だよもう、いくらなんでも。
いやあ、まだまだ。

・・・

(本気で考え始める)

こういう楽器は「ま」コレクションにぜひ加えなければ。

ま、そんな気もするけどね。
(また手にとって眺める)

・・・世界の名器???(特に名を秘す)でも下取りに出すかな。
「ま」さん、???を持ってちゃおかしいですよ。

うん、それはおかしい。否定しない。でもほんの一部になるかどうか。

   
 

やがて日が暮れてBAMのケースにラミレスを入れて「ちょっと預かる」という展開になった。この日は近所の「竹や」といううどん屋で乾杯?してお開きとなった。ところが、「さ」、「ま」のふたりはその後もしばし密談。

   
ああいう楽器はオリジナリティを尊重するものなのかなあ。
といいますと?

ほら、糸巻がペグじゃない。あれだとつい億劫になって手が伸びないんだよね。ま、博物館みたいに飾っておくという手はあるかもしれないけどさ。

いや、やっぱり弾いて欲しいですよ。

そうだよね。するとマシンヘッドに換えなくちゃいけない。それに19フレットもつけなくちゃ。

ええ、それはやりましょう・・・
   
 

という次第でホセ・ラミレスが「ま」コレクションのひとつに加わることになった。

    
 

その後松井工房で糸巻交換と19フレット装着し、若干の調整をした。春のある日、生まれ変わったラミレスを持って「ま」はメディア・カームを訪れ、ラミレスを中心に古い楽器談義となった。リメイクなったラミレス1世を取り出す。
マシンヘッド装着後初めての対面となるふたりから、

   
   

あ〜、いい感じだ。

すごいぴったりですね

うん、ぴったり

この幅といい、この光沢のこの・・・
このマシンヘッド(スローンのアンティークタイプ、ブロンズでやや細め)の古ぼけたところがね、丁度いい。この穴を開けるときにすごく乾燥してたから、ドリルがすーっと行きそうになったって松井さんが言っていた。
え〜、そんなに?
「ま」さん、これ音出してもいいですか?
  

はい、どうぞ。

   
 

調弦する。以下弾きながら

   
やっぱりヘッドが変わると違う楽器のように見えますね。一瞬、あれっと思うように。

これであわせやすくなったから。

なんか穴(糸倉)をあけると、ちょっとヘッドが広くなったような感じしますね。

そういえばそうだね、見た感じが。

思った程重くなってですね。

切り取った分、軽くなってたりして。でも1キロを少し超えたよ

すごく自然ですね。
そう、すごく自然にできている。もとからこうだったみたいに。
前、ロペス(フラメンコ・ギター)も換えましたっけ?

うん、ロペスもやってもらった。それと19フレットがついたんだよ。

あっ、これ無かったんでしたっけ。

なかったよ。

そうか、指板の長さがぎりぎりいけるというか、全部打ち換えたわけではないですよね?

19フレットだけ。ちょうど真鍮のフレットがあったから同じ感じで打ってもらった。正面からみるとわからないけど、弾いている角度から見るとちょっと色が違う。

そっちからですか?
いや、弾く角度から。正面から見た方がわからない。
たしかにこうして見ると色が違うね。
なんかちょっと糸巻のつまみが大きく見える。
いや、ヘッドが小さいからだと思うよ。
これしかないという様な糸巻き選定でしたね。

うん、普通のじゃ、ちょっと幅が広すぎて。

幅が出ちゃいますよね。

   
 

今度は「な」が手にとって弾く。

   
なんか同じ楽器なんだけど違うような・・・
いや、直して正解ですね。
うん。
前よりちょっと音が伸びる感じがする。
そうかな。
前はもっとぽわーんとしていた、力木も外れてたんでしたっけ?
そうそう、力木外れてたんだ。
なんかこう、若返った感じがする
ええ、変わって音が締まったんです、ただその締まりがね、今度ふぁっと開いてくると、更にいいんじゃないかと、これは正にいい兆候ですね。背筋がきゅっと伸びてますね。
ああ、伸びてる。これ、本当に敏感でね、ほんのかすっただけで音がするからね。古く枯れてるから。
いい楽器ですよね。

そうだね。
実はラミレス1世というのは大衆向きの普及品ばかり作っていて、あんまりたいした製作家ではないと思い込んでいた。実際そう書いてある本もあって。すっかりそうかと思い込んでいた。いやあ失礼しました。

   
 

ラミレスに関する記述は多くの文献に見られる。代表的なものは現代ギター創刊第4号(1967年!)にある荒井史郎氏の「ラミレス一族」。もう40年も前の記事ながら、現在もこれ以上に研究が進んだかどうか。以前、インターネットで見かけたことがある。面白い?のは次に掲げるもの。放談中「ま」が「大衆向きの普及品ばかり作っていて、あんまりたいした製作家ではないと思い込んでいた。実際そう書いてある本もあって云々」といっているのはこの記述のこと。

   
  以下、引用
   
 

ホセ・ラミーレス1世(1857〜1923)

 ホセ・ラミーレス1世はその師フランシスコ・ゴンサーレスにかわってマドリードで人気の高いギタレーロとなり、数を増してゆくプロのフラメンコ・ギタリストたちに長年のあいだギターを供給し続けた。仕事が多忙であったその時期に何人かの優れた弟子を雇ったが、その中には後にパリに店を開いたフリアン・ゴメス・ラミーレス(血の繋がりはない)、後にバルセローナに店を開いたエンリケ・ガルシア、ブエノス・アイレスに店を開いたアントニオ・ビウデス、コルドバに店を開いたラファエル・カサーナ、それに息子のホセ・ラミーレス2世がいた。ラミーレス2世はギター作りの技術を覚えたあとブエノス・アイレスに渡ってしまい、父の死後戻ってきて店を継ぐことになる。しかし、ラミーレス1世の弟子たちの中で最も才能があったのは、マドリードにとどまって後に最高のライバルとなる血を分けた弟、マヌエル・ラミーレスであった。
前述のように一時期はホセ・ラミーレス1世の全盛期が続いたが、やがてアントニオ・トーレスの新しい試みに代表されるギターの進歩の波がホセを襲う。根っからの伝統主義者でおまけに大変な頑固者であったホセ・ラミーレス1世は、ギター製作の方法をまったく変えようとはしなかった。なんといっても、名高いギタリストのハビエル・モリーナが“ギターラ・デ・タブラオ”に満足しているのであれば、現代の小生意気な若造どもが満足できない理由はない、と主張するのであった。しかしホセの言う現代の小生意気な若造たちはそうは考えず、ほぼ大挙して弟のマヌエルの方に方向転換をはかった。その頃までにマヌエルは自分の工房を持ち、トーレスの考えを採り入れて改良を加えることさえ始めていた。以後小生意気な若造たちはマヌエルの時代遅れの師であり兄であるホセ・ラミーレス1世を“エル・マロ(悪い方)”と呼び、マヌエルを“エル・ブエノ(良い方)”と呼び始める。兄弟の間に発生した数多くの荒々しい口論に加えて、このことが大きな引き金となり、二人はその後死ぬまでの長い年月をお互い口をきかずに過ごす。
ホセ・ラミーレス1世は決して昔風の製作スタイルを変えようとはしなかった。死ぬまで新しい世代と闘い続けたのである。

D.E.ポーレン著 青木和美訳 「フラメンコの芸術」現代ギター社 1988年

   
ふつうのタブラオギターっていう感覚ではないですよね。
タブラオギターっていうのは、ボディの薄いのを云うのかな〜、

いかにもちょこちょことそういう所で使われるっていう、そういう事ではないような。これ弾いたらそんなレベルの音じゃないです。

まじめに作ってあるよね。でも高級な素材は使っていない。高級な素材とかデコレーションはない。なにかに書いてあったよ、メイプルかローズウッドを使ったり、インレイを入れると150ペセタアップになるとか。

そんなに細かく?
そう、カタログに書いてあったらしいよ。だからそのやり方じゃないの?ベルナベとかラミレスが今やっているのは。
やっぱりラミレスの価格設定とか、その頃からあるんですね
ある程度数は作ったんだろうね。だからそれなりのカタログがあるらしい。
   
 

ギターをスタンドに立てて眺める。

   
指板はローズウッドだね、それを黒く塗ってある。松井さんが云っていたけど、このネック、かなりひどい材料らしいよ。3種類でできてる。
そうなんですか?
ネックとヘッドが違うんだって。
さ、 へぇ〜
それから、ヒールも違う。
そういえば目の太さが違いますね。
バラエティに富んでる?

寄せ集めの材料、端切れを寄せ集めている感じ。
・・・ヘッドがどうもセドロらしいんだよ、ヘッドの裏が。

あー、ヘッドの裏がセドロ・・・
裏というか本体がセドロ、そしてヒールがスプルースらしい、だから木目がはっきり見えるのさ。
(確認して)あー違うんだ、ここがセドロ、
で、ネックの本体がラワンじゃないかと
ラワン!?
うん、でもその1900年現在くらいでね、ラワンとマホガニーとセドロがねスペインで買った場合、どちらが高級材だったかわからないじゃない?
ラワンは東南アジアですよね。

そう、ラワンはフィリピンとかでしょ?

かえって高くつきそうな感じですね。

輸入材だ・・・

でも、フィリピンってスペイン統治の時代もあるのよね。
(16世紀から1898年まで)

あっ、だからスペイン語も話しますよね。

でも距離的には大西洋の方が近いよね。キューバとかあの辺から持ってきた方が早い。

このつき板が(ヘッドの表面)なんだかわからない。
それね、多分ウォールナット(クルミ)だと思うんだ。駒もそうじゃない?
ああ駒もこれちょっとね
そういう色のトーレスも見てるし。そして、そのバインディングがさ、それはローズウッドじゃないかと、違うかな? あ、これも違うな・・・これ(バインディング)もこれ(ブリッジ)と同じじゃないかな、よくわからない。
ちょっと濃いような気がしますね。でも、これこうやって見ると・・・大きさは普通と変わらないみたいですね。
しかし、まあこれでホセ・ラミレスを見直すきっかけになったね。
今まで何本か見たのですけど、
1世を何本か見たの?
1世は何度か見ました。2世はほとんど無いですよね、
2世は前にここで50年代位のものがあったね。でもラベルに1世だ2世だって書いてないんだよね。
書いてないですね、ただね、この時代の物は見ているのですよ、ミックの時代にも。でも、全然最近は見ていないです。音が、さっき言った風評の通りの音だったので、あ、これならねえって。その頃それを見た時、150位って云われたんです。そこでう〜ん、歴史的価値はあるね、といって終わり。

・・・つづく・・・
前に 次へ  放談トップ  Top